· 

インド哲学が語るドゥッカム/苦しみ その2


1つめの苦しみに引き続き

インド哲学、ヴィシュヌ・プラーナが語る“ドゥッカム/苦しみ”について。

 

2つめは、アーディバウティカ。 

これは、動物・鳥・人・幽霊・蛇・アスラ(魔族)・水の中に住む動物が引き起こす苦しみのこと。

 

3つめは、アーディダイヴィカ

これは、寒さ・暑さ・雨・水・雷 などなどの自然災害が引き起こす苦しみのこと。

 

 

1つめの苦しみのように、じぶんが原因になって起こる=病気を避けたければ

マインドをクリアにすることが第一。

 

それと同時に、食べるものが私たちの体とマインドを作るから

やっぱり食事の内容って大切だし、ライフスタイルも大切。

 

分かってはいるんですけどねーー、って言いたい気持ちもわかるんです。

仕事をしていると、どうしてもどうしても。。

 

忙しいから、簡単に食べられる食事(菓子パンとか、カップ麺とか、、)食べちゃうだろうし

ストレスから、甘いものも、しょっぱいものも、お腹がいっぱいだとしても食べちゃうだろうし

 

でもでも、じゃあ何ができるだろうって言うなら

まずはマインドをクリアにすることが、やっぱり近道だったりします。

 

1日10分で、どうにかストレスマネジメントできるはず!

 

以前ほど、欲しがる気持ちがなくなってくることに気が付くころには

 

嗜好とか、ものの考え方とか、話し方とか、行動パターンとか、、

何かしらの変化に気が付いたりするものです。

 

 

2つめの苦しみを避けるために、私たちが唯一できることは

ヨガ哲学でいうなら、ヤマとニヤマです。

 

ヤマ・ニヤマは、単なる道徳的説法ではなく

外側からくる苦しみから、じぶん自身を守るための実践なんですって。

 

10個あるすべてを、じぶんに落とし込むのは大変って方は(わたしも、、、)

 

ヤマだったら

アヒンサー(考えや言葉や行動で、他者を傷つけない)とサティヤ(正直、誠実)

 

ニヤマだったら

シャウチャ(じぶんの内側も外側も清潔にする)とサントーサ( 今あるものに満足すること)

 

毎日の瞬間瞬間に、「今、わたしはサティヤでいただろうか?」とか

事後検証でもいいから、習慣づけることが大切だって思ってます。

 

それが、「あーー、またヒンサー(暴力)的な言い方しちゃった、、」だとしても

 

マインドがもう少しクリアになってきたら

「あれ?最近、ちょっと変わったかも」ってなるもので。

 

こうしなきゃいけない、こうあるべき、ってほど厳しくなくって

例えばヤマを実践することが難しかったら、こうしたら?あるいは、こうしたら?

 

みたいなところがヨーガスートラにはあって、そういうストイック過ぎないところが

ヨガを信頼している理由だったりします。私の場合はね。

 

3つめの苦しみは、私たちにはコントロールできないから

それこそ祈るしかなかったり。

 

苦しみは、なるべくなら遠ざけたいもの。

だからこそ、その原因を知ることは哲学の基本だったりします。

 

om santi santi santih😊😊


お問合せ


メモ: * は入力必須項目です