ヨガ教師になるまでに要求された道筋


ヨガを教えるようになった2005年から常に模索していたことが、どうやってヨガを学び、そして伝えるのかということでした。

 

ヨガに惹かれてインストラクターになった人の多くは、そんな模索と葛藤を繰り返しているのではないかと思います。

 

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私の場合は、流派というものがあるのならどれが自分に合っているのかという探究から始まりました。

 

こうして2007年にクリシュナマチャリヤ師の伝統に確信を感じてからは教わる先生を探し始め

2010年からはインドに毎年通う中でサラスワティに出会いました。

 

そんなサラスワティのセンターであるYogaVahiniでセラピートレーニングに参加しようと考えたのですが、そのためにはクリシュナマチャリヤ師の伝統でのティーチャートレーニングが求められました。

※後に他流派インストラクターのための集中コースが設けられた

 

すでにインストラクターとしてのキャリアと、1on1で師の伝統を学んできた実績があったので今さら感が強かったですが

ファーストモジュールの3週間が免除されたので受けることにしました。

 

トレーニングには月1回のウェビナー、月1回のメンターリング、月1回の課題・年1回のテスト・セカンドモジュール2週間・リトリート5日間・インターンシップ3週間以上・レポート各種・ケーススタディプレゼンテーションが求められました。

 

想像以上にタフなトレーニングでしたが、10年間の理解に深さが出て確固としたものになりました

 

そんな集大成を感じた卒業式明けで帰国前日の2019年7月15日の今、感じていることを綴ってみようと思います。

ヨガ教師としての自信

 

500時間のトレーニングを終えたから教師になれたわけではないと改めて感じていますが、サラスワティという信頼できる先生が主催するトレーニングを終えたという達成感が自信に繋がっていることは確かです。

 

それから、結果として流派としての教師認定というのも大きな自信になりました。

 

 

ヨガに惹かれる人たち

 

ヨガってなんだろうを追求したい人は、ヨガに惹かれている人だと思います。

 

ヨガに惹かれることと、じぶん自身を探求することはイコールです。

 

かつ、教師だったら人を助けたい(誰かが何かをしやすくなる/状況が改善するように支援するという意味で)と考えている人なんだと思います。

 

その探求は無理にかさぶたを剥がすようなことではなく、傷を見ないようにすることでもないのです。

 

傷のことなんか忘れてしまっていて、ある時に癒えた傷跡を見てもなんとも思わなくなっているようなことがヨガの力だと実感しているからです。

 

深層心理を引き出そうとする/向き合わせようとする手法を使うのをたびたび目にするけど、poke the bear (熊を棒で突っつく=余計なことをする)だと感じざるを得ない場面が多く悲しいです。

 

ヨガのメソッドじゃないよね??っていうようなサイコロジー的なテクニックは、どれもがヨガ哲学による自己探求を下回るというのが個人的な感想です。

 

伝統には洋の東西を問わず失われない強い光があります。

 

そこに何かを付け加えたりしなくても、それだけで力があるのです。

 

 

これからの道筋

 

それはカリキュラムが決まっていて与えられる学びではなく、生徒の実際のケーススタディを通した実践的な学びをしようと考えています。

 

サラスワティのセンターからは若干距離を取ることになりますが、母校から得た知識と技術への確信と仲間たち。

 

そして10年培ってきたKYMとのつながりを通して、ヨガ教師として次の10年に向けて精進を重ねます!

 

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2007年5月にクリシュナマチャリヤの伝統に出会い、どの先生から学ぶのかという探求が始まる。

2009年10月にサンフランシスコで開催されたTKVデシカチャー先生のセミナーに参加。

2010年3月に初渡印してヴェーディックチャンティングティチャートレーニングコースに参加。

2011年9月にトレーニング修了後も、引き続き訪印しつつ先生探しを続ける。

2014年7月にサラスワティに出会い、次に訪印したのが2016年2月。サラスワティは多忙になってしまったため、サラスワティのセンター/YogaVahiniの教師 アヌパマのもと1対1で学び始める。

2017年9月からYogaVahini主催のヨーガティーチャートレーニングコースに参加。

 

こうして、2019年7月にコース修了と同時にRYT500取得。待っていたはずの8月から始まるセラピートレーニングコースには参加しない。