· 

ヨガとエゴの関係性


瞑想やヨガするとエゴが強くなるという研究結果があるが、ヨガ的解剖学で説明してみる。

 

マインド(思考・気分・感情)は、ハート(心・心臓)に位置している

 ↓

ヨガや瞑想によって、締め付けられていたハートにスペースが拡がる

 ↓

ハートには“じぶん自身”も含まれるから、エゴが強くなる


つまり、今まで省みなかった体の痛みや不調に敏感になる。

 

あるいは、こうしたい・こうなりたいっていう気持ちや、こうしたくない・こうなりたくないって気持ちが強くなる。


でも、これらって大切なことだと思うのだ。

 

じぶんを内省することやじぶんの頭(この場合は思考=マインド)で考えることが、じぶんを生きることだから。

 

・・・

 

一方でエゴの消滅がヨガのゴールだとも聞くが、そのことを考察してみる。

 

結論から言うと、我々の伝統ではそういう教えはない。

あるいは、そういう捉え方もあるとは言える。

 

ただ、それは極論だ。

そういう道もあるが、それがゴールというのは極端過ぎる。

 

我々の伝統におけるヨガのゴールは、本当のじぶんを理解することだ。

 

本当のじぶんとは、True Self。 

そして、エゴはポジティブにはSelf。ネガティブにはEgoism。

 

ヨガではSelf的意味合いをアハンカーラ、Egoism的意味合いをアスミターと分けて考えている。(アスミターはマインドの汚れのひとつ)

 

アハンカーラ/Selfがどんどんピュアになるほどにプルシャ/True Selfを認識できるのだ。

 

そして、100%ピュアならもはやアハンカーラではなくブッディ/individual intelligenceもしくはマハット/universal intelligenceとなる。

 

なぜなら、100%ピュアであるならもはや個人であろうと万物であろうと垣根がないからだ。

 

そういう意味合いで、Selfの消滅と表現していて

この辺の雰囲気が、ふわわーーとした世界観を生み出したりしている。

 

すごく素敵だし、そうあれたらと思う。

ただ、それをゴールにするのは極端すぎると言いたいのだ。

 

・・・

  

 

どうかエゴは悪いものだと判断しないでほしい。

 

エゴを極度に抑えると、最初にも述べたようにハートが締め付けられる。

この状態のことをドゥッカ(苦しみ)と表現される。

 

長期的には、身体面でも心理面でも病気になってしまう可能性だってある。

 

確かに、私が私がという主張は子どもじみている。

ヨガをしてすぐの段階はそういったじぶんが暴走するかもしれない。

 

ただ、マインドが安定すると次第に知性も増してくる。

こうしてじぶんから本当のじぶんに近づいていくのだから。


お問合せ


メモ: * は入力必須項目です