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ヨガとエゴの関係性


瞑想やヨガするとエゴが強くなるという研究結果があるが、ヨガ的解剖学で説明してみる。

 

マインド(思考・気分・感情)は、ハート(心・心臓)に位置している

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ヨガや瞑想によって、締め付けられていたハートにスペースが拡がる

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ハートには“じぶん自身”も含まれるから、エゴが強くなる


つまり、今まで省みなかった体の痛みや不調に敏感になる。

あるいは、こうしたい・こうなりたいっていう気持ちや、こうしたくない・こうなりたくないって気持ちが強くなる。


でも、これらって大切なことだと思うのだ。

じぶんを内省することや、じぶんの頭(この場合は思考=マインド)で考えることこそ、生きることだから。

 

・・・

 

一方、エゴの消滅がヨガのゴールだとも聞くが、そのことを考察してみる。

 

結論から言うと、我々の伝統ではそういう教えはない。

あるいは、そういう捉え方もあるとは言える。

 

ただ、それは極論だ。

そういう道もあるが、それがゴールというのは極端過ぎる。

 

我々の伝統におけるヨガのゴールは、本当のじぶんを理解することだ。

 

本当のじぶんとは、True Self。

英語で表現するとシンプルである。

 

そして、エゴ=自我はSelf。


Self/アハンカーラがどんどんピュアになるほどにTrue Self/プルシャを認識できるのだ。

 

そして、100%ピュアならもはやアハンカーラではなくindividual intelligence/ブッディもしくはuniversal intelligence/マハットとなる。

 

そういう意味合いで、Selfの消滅と表現しているのだろう。

 

けれど、それはかなり誤解を招くと思うし、そんな究極の状態を目指すのだけがヨガではない。

むしろ、それがヨガならヴェーダーンタを学ぶことを私なら選択する。

 

この、インド哲学のヨーガとヴェーダーンタをごちゃまぜに伝えているのが問題だったりする。

 

これは、本当に本当に仕方がない。

だって、インドでそう広められているからなのだ。

 

有名どころだと、シヴァナンダヨガは(ヴェーダーンタの人は否定するが)ヴェーダーンタだ。
また、ヴィヴェーカーナンダもヴェーダーンタだ。


ピュアなヴェーダーンタの人たちはヨガ(アーサナ)を必須にしないこと同様、ピュアなヨーガの人たちはヴェーダーンタの思想を必要としない。

当然ながら、ヨーガの思想があるからだ。

 

・・・

 

あなたはエゴを必要だと考えますか?

エゴは消滅すべきと考えますか?

 

ここでいうエゴは自我のことであり、Self/アハンカーラだ。

 

エゴを極度に抑えると、最初にも述べたようにハートが締め付けられる。

この状態のことをドゥッカ(苦しみ)と表現される。

 

長期的には、身体面でも心理面でも病気になってしまう可能性だってある。

 

確かに、エゴが強くなりすぎるとエゴイズム寄りになる。

これはアスミターと言われるマインドの汚れだ。

 

そして、この汚れをクリアにするのがヨガの練習だ。

ヨーガの思想は、このことに重点を置いている。

 

そのことによって、True Self/本当のじぶんを理解するために。


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