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21/ ヨーガ学派の瞑想について


ヨガ(いわゆる体を使った練習)で体をリラックスさせて

それから、瞑想をする

 

このようにヨガと瞑想を切り分けて認識することが、現在主流ですよね。

 

私は効率主義なので、体がリラックスするぐらいの目的なら、お風呂に入るかマッサージに行きます。

  

もちろん、ヨガのポーズをしても体がスッキリするけれど、それは最大の目的というわけでもなく

 

むしろ、体の状態がよくなるのは当たり前すぎてヨガスートラには示されていません。

 

じゃあ、何を目的にヨガのポーズをするのかと言えば、あくまで「集中」するためなんです。

 

目に見える「体」に意識を向けながら

目に見えない「呼吸」に意識を向けるんです。

 

目に見えない対象に向かって集中するのは難しいものですからね。

 

その「集中」によって、頭の中のおしゃべりが静かになって

外側に向かう意識を内側に向ける準備が整うんです。

 

このことを「思考を止める」と表現したりするかもしれませんが、実際には外側を見るのにも内側を見るのにも思考≒マインドが使われるんです。

 

かつ、内側を見るためには「明晰さ」が必要だからこそ「集中」が求められるんですね。

 

つまり、思考が止まった状態というのはボーーっとすることではなくって

もしも集中できない状態だとしたら、明晰さも得られにくいわけで

 

そんなときには体を使った集中が効果を発揮するからこそ、ヨガのポーズは愛されてるんですよね。

 

ただ、頭の中のおしゃべりが静かになった後に、じっくり呼吸法をすることで内側の知性が輝き出すと示されていて

さらに深い瞑想のサイクルに進むことが可能なマインドの状態になります。

 

深い瞑想のサイクルを、ヨガスートラでは「サムヤマ」と示されていて、瞑想マニアが虜にされるワードなのですが

 

 

この実践は家族がいたり仕事を持っていたり街中に暮らしている場合には難しいからこそ、今までお話ししたようなマインドの準備が必要なんです。

 

というか、この準備も含めて全部が瞑想と考えるのがヨーガ学派でもあるんですよ🌈✨

 

皆さんはどうお考えになりますか?